遊びがいのある地球に生まれたね~マンガ好き京都司書/右下Webライター なちこの自分表現ブログ~

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【夏休みの自由研究】そもそも研究って何? 35歳・司書の私が小学生時代の私に伝えたいこと。

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Photo by Hyo Kadota

 

こんちゃっす!

マンガ好き京都司書のなちこです。

写真は、「イネの性質」について発表しているところです!
(後述する「耕さない田んぼの会 in 岡山」の授業にて)

 

世間は夏休み……。

私の働いてる図書館にも、宿題や自習をしに小・中学生がきます。

専門図書館なので、普段は子どもは少ないんですけどねー。

涼みに来てる感じの親子連れも多いですね。

自由研究のネタ探しなのかな?と思うようなレファレンスもちらほら。

 

「自由研究」については、個人的に思うところがあるので、

ちょっと書いてみることにしました。

 

 

そもそも「研究」って何なのかを、教えてほしかった。

最近、自由研究関連のツイートにリプをしたら、

20いいねくらいもらったので、

同じこと考えてる人やっぱおるんやなぁ!(嬉)と思ったんですよ。

 

そのツイートがこれ。 

似たようなのだと、これにもほぼ同じリプを。

 

「研究」ってのが、どういうことなのかわかった上で

「夏休みの自由研究」をしている子ども(や、それを手伝う保護者)って

どのくらいいるんでしょうかね?

 

言いたいことはこのリプ(と元ツイート)でほぼ言い切ってしまってるような氣もするけど、

この「『研究』とは何なのか、もっとちゃんと教えてくれてたら、

もっと質の高いインプットやアウトプットをしてこれたかもしれないのに…!」ってのは、

大人になってから本当に何度も何度も思ってることなんですよー。

 

しょぼかった「ダンゴムシの観察」

私が小学生だった頃は、 

「夏休みの自由研究」を必ずやらないといけないという感じではなかったので、

ほとんどやった覚えがないんですが、

やはり「自由研究」という響きに憧れたのか、

ひとつだけやった覚えがある「こと」があります(「研究」とはよう言わん…)。

 

あまりにも結果がしょぼかったので、

本当は思い出したくもないし、

記憶の彼方に葬り去りたいくらいんですけど、

正直に書くと「ダンゴムシの観察」みたいなやつでした。

 

なんでそれにしようと思ったかっていうと、

(自分ができそうな範囲で)なんか研究っぽいから」だったと思います。

研究テーマの決め方も教わってない(教えてもらえてない)小学生時代の私の発想なんてそんなもんでしたわ。

 

庭でつかまえたダンゴムシを、

深めのプラスチックのトレイか何かに少し土を入れて、

そこでただ、飼ってみる。

ダンゴムシが何を食べるのか、いろいろ入れて試してみる。

そんな感じだったと思うんですが、

何を入れても食べない気がして(食べてたところを見れてないだけかもしれない)、

「こんなんじゃ実験にならないけど、どうしたらいいんだ?」とか

思ったような覚えがあります(自分では「実験」って思ってたんだな)。

結局、模造紙にまとめを書くのも(書くことがわからず)苦労し、

成果物も、我ながら「しょぼかった」記憶ばかり…。

 

「研究」のやり方を教えてくれる人がいたらよかったのにな

今考えれば、ダンゴムシが何を食べるのか、

まずは図書館などに行って調べればよかったんだということがわかります。

というか、それって「研究」の基本ですよね。

でも、自分の頭だけではそれは思いつけなかったし、

そういう解決方法を教えてくれた大人もいませんでした。

 

うちの親は、私の宿題を見たり手伝ったりすることは一切なかったので

(なので、私は「子どもの宿題を見てあげる」とか

「子どもの自由研究を手伝う」親がいると知った時には、

 なんだかびっくりしたものです)、

親に質問してみるという考えも浮かびませんでした。

 

むしろ、宿題としての「自由研究」なのだから、

  • 大人になんて聞いてはいけないだろう
  • 手伝ってもらうなんてズルだろう
  • 調べるのもズルだろう
  • 自分自身の力でゼロから何かを発見するような「研究」をしなければいけないんだろう(そういうのが「研究」っていうんじゃないのか?)

そんな風に考えていたようにも思うんですよね。

 

その一方で、

  • いち小学生の分際で「研究」なんて無理なんじゃない?(「研究」ってもっと、プロっぽい人が仕事ですることなんじゃない?)
  • 研究者でもないのに、自分にしかできない研究成果なんて出せるわけないじゃん(子どもに「自由」に「研究」させるなんてしょせん大人がやらせたいだけの「ごっこ」でしょ)

みたいなことも考えていたようにも思います。

 

今でも、こういう考えの子どもはいるんじゃないでしょうか。

 

「研究」の意味がわからなくて、大学に電話して聞いてみた

話がちょっとズレますが。

 

大学受験生だった高校3年生の時、

大学案内のパンフレットを見てたら(どこの大学のだったかは忘れた)、

「キャンパスではみなさんの先輩方が、さまざまなテーマについて研究をしています」

みたいなことが書いてあったんですよ。

 

当時の私には、「大学で研究」って言葉のイメージが、

どうしても「白衣を着て、手に持った試験管をのぞき込んでいる姿」とか

「顕微鏡で微生物を観察してうんぬん」みたいなんしか思い浮かばなかったw

 

でも、自分の希望は文系の学部だけだったので、

「そんなわけないだろ」と思って、

「じゃあ、文系学部の『研究』って一体何なの?」と、

本当にわからなくなって、

パンフレットに載ってた電話番号に電話して聞いたんです。

 

「あの〜、『先輩方が、研究をしています』って

 大学案内のパンフレットに書いてありますけど、

 具体的にどんなことをしているんですか?」って。

 

身近に大学生がいなかったから、本気でわかんなかったんですよね。

「ゼミ」っていう言葉とかも、

「聞いたことはあるんだけど、それが何をするものなのかは全然わからない」

みたいな感じだった。

わかんないまま、受験勉強してた。

 

いわゆる「キャンパスライフ」ってのも、

あすなろ白書」のイメージしかなかったw(1993年のドラマ…!笑)

でも、あれ恋愛ドラマだから、勉強してる風景とかほとんど出てこないやん。

  

で、電話口で対応してくれた大学の窓口の人が、何て答えたと思います?

 

「え? ああ、授業を受けてるんですよ」

 

…って言ったんですよー!!!(衝撃的💥)

 

え!? 授業受けてるだけなん!!??

そしたら高校までとそんなに変わらんやんか!!

もっと高度なことせなあかんのかと思ってたわ!!

(注:この頃はまだ関西弁ではないw)

 

まぁ、実際には、人によっては図書館で調べ物したり、論文書いて教授に見せたり、

ゼミで活発な意見交換とか、いろいろあって、

授業を受けてる「だけ」ではないでしょうけど、

まぁ確かに、日常的にしていることは、「授業を受けている」ですよね。

「ゼミ」だって、ある意味「授業」ではありますし。

これはこれで、もちろんズレた答えではあるんですけど、

そう言ってもらえて、大学に通うってことに対してだいぶ気が楽になったのを覚えてます。

電話窓口の人、グッジョブ。

 

何が言いたかったかって言うと、わざわざそんなこと聞くくらい、

私にとって「研究」って、限られたイメージしかなかったってことなんですよね。 

今でこそ、図書館のカウンターに座って、いろんな「文献研究」をしている方々のお手伝いをしてるんですけども。

 

「研究」するには、先行研究についての学習が必要

大学生になって、

「研究」だとか「論文」っていう言葉との距離がわりと近くなってみてからわかったことは、

何かについて「研究」をしたかったら、まずは先行研究についての学習が必要だということでした。

これは「研究」の基本中の基本です。

 

なぜかと言うと、

学問というものは基本的に「積み重ね」で成り立っているから。

世の中のことについて、自分がゼロから何かを発見するなんてことはまずありえないんです。

巨人の肩の上に立つ」という言い方をしたりもします。

 

ダンゴムシについて図書館で調べることもそうだけど、

そのテーマについて、これまでに先人たちが調べたり、発見したり、

実験してわかったことなどを、まずは知る。

歴史の中で誰かがすでにかけてくれたのと同じ手間を、

自分がまたかけないためでもあるし(人類の叡智の発見のための時間を無駄にしない)、

「何がすでにわかっていることで、何がまだわかってないことなのか」を知ることによって、

「では、自分は何をするべきなのか?」がわかるというわけです。

 

そもそも、調べ方や研究の方法そのものだって、

先人たちが試行錯誤しながら築き上げてきたものですよね。

(調べるために使う「本」や「ネット」だって、誰かが「研究」したり「実験」したりして、実用化されてきたわけで)

 

だから、もちろん、

自分がこれから新しい発見をしたり、

新たな方法を生み出せる可能性もあるけど、

それは、今ある情報を知り尽くしてからでないと、

自分のそれが新しい発見や方法なのかどうかすら、わからないんですよ。

 

とは言え、実際に新たな発見をするためには、膨大な勉強が必要だったり、

多大なるコストがかかったり、それこそ天才的な才能や運が必要な場合もあります。

小学生には、ちょっと難しそうですよね。

 

35歳・司書になった今の私が、小学生時代の私に伝えたいこと

何か画期的な発見や発明をすることだけが、「研究成果」というわけじゃありません。

 

「先行研究について学習した内容をまとめ、それについての自分の意見を述べる」ことも

「研究」の一部と言えるかも。

 大学生の課題でよく出る「レポート」なんかは、主にこれだと思ってます。

 

社会に直接インパクトを与えるような成果はないけど、

読んだ人に新たな気づきを与えたり、

自分の頭で考える学習経験を積むことで、

もっと高度な「研究」ができる練習をすることにもなりますからね。

 

だから、

  • いち小学生の分際で「研究」なんて無理なんじゃない?(「研究」ってもっと、プロっぽい人が仕事ですることなんじゃない?)
  • 研究者でもないのに、自分にしかできない研究成果なんて出せるわけないじゃん(子どもに「自由」に「研究」させるなんてしょせん大人がやらせたいだけの「ごっこ」でしょ)

と思っていた小学生の私に、35歳・司書になった今の私が言うなら、

  • 「研究」といっても、いろんなレベルがあって、いち小学生でもできる「研究」はあるよ。
  • 小学生が、自分にしかできない研究成果を出すのは難しいけど(絶対に無理とは言わないけど)、先生や保護者たちが小学生たちに期待している「自由研究」では、そこまでは求められてはいないから、大丈夫。
  • もし「研究ごっこ」になっちゃったとしても、無駄じゃない。大人になってから本当の「研究」をするための練習になるし、悪くないよ。 

って感じかな〜。

 

 わからないことは「わからない!」って言える社会にしたいな

  • 大人になんて聞いてはいけないだろう
  • 手伝ってもらうなんてズルだろう
  • 調べるのもズルだろう
  • 自分自身の力でゼロから何かを発見するような「研究」をしなければいけないんだろう(そういうのが「研究」っていうんじゃないのか?)

と思っていた小学生の私には、

  • 何をどうしたらいいのかもわからなかったら、大人に聞いてもいいし、どんどん聞こう。
  • 聞ける大人が自分のまわりにいなかったら、図書館に行ってカウンターにいる大人に聞いてみよう。問題の答えは教えてくれないけど、問題の解決の仕方を一緒に考えてくれるよ!
  • 本やネットを使って調べることも「研究」の一部です!てか、大人の研究者もみんな「調べ物」はめっちゃしてるよ!
  • 自分自身の力でゼロから何かを発見するのは、かなり難易度が高い!まずは、テーマについて本で調べる「文献研究」をしてみて!

 って感じかな〜。

 

こう考えていくと、

周りの大人に助けてもらったりしながら、

「夏休みの自由研究」をちゃんとやり遂げたことがある人って、

けっこう幸せな部類だったんじゃないかな〜とか思うんですよ。

 

子どもの頃から、「先行研究を学習する意味(巨人の肩の上に立つ)」とか

せめて「文献研究」って言葉を知っていたら、

勉強に対する気持ちが、全然違っただろうなぁ!

 

まぁでも、失敗や氣まずさ、悔しい気持ちとかの経験も含めて、

今の私がいるから、いいんですけどね〜。

 

先生や、保護者。

子どもに「自由研究」をさせるなら、

まずは「『研究』とは何なのか」ってとこから教えてあげて、

そして、いろんな種類の「『研究』のやり方」も教えてあげてほしい。

 

でも、そもそも「『研究』とは何なのか」をちゃんと自分の言葉で説明できる先生や

いろんな種類の「『研究』のやり方」を知っている親が少ないんじゃないでしょかね。

 

今は、ネットがあるから、検索すれば、たどり着けるかな!?

そういうのを解説している本もいろいろ出てるみたいだしね。

もしたどり着けなかったら、家から行ける範囲の図書館に行って、カウンターで司書さんにぜひ頼ってみてくださいね!

公共図書館の司書に「調べ方」を教えてもらう(一緒に探してもらう)のは、「レファレンスサービス」といって、誰でも無料で受けられる公共サービスのひとつですから。

 

[余談]自由研究で工作する子どもいるけど、あれって「研究」なのか?

これは余談だけど、「自由研究」の成果物として工作の作品を出す子どもっているじゃないですか。

あれって、「研究」なの?

「自由研究」じゃなくて、「自由工作」じゃね?…って、思いません?

 

でも、まぁ、工学分野とかだったら、

何かを実際に作ってみることが研究の一部だったりもするから、

「研究ごっこ」としての「夏休みの自由研究」なのだとしたら、

それもありなのかなぁ?

これについては、個人的にけっこうモンヤリ。 

 

実は、35歳にして「自由研究」の課題が身に迫っている…!

今回こうして自由研究について書こうと思ったのは、

最初に引用したツイートに 20いいねがついたからってのもあるけど、

もうひとつの理由としては、

実は今まさに「自由研究」の課題を出されているからってのもあるんです…。

 

去年の10月から、毎月通っている

「耕さない田んぼの会 in 岡山」

@Permaculture Center Kamimomi パーマカルチャーセンター上籾 

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通年講座として、

座学と実践で「冬期湛水不耕起移植栽培」を学んできたこの会も、

残すところ3回!

 

2019年度の募集も始まってます!

最後の課題として、

田んぼに関することで、それぞれ「自由研究」をして成果を発表するという宿題が出ているんですが……

 

何をすればいいのか、全く思いつかない!

というか、やりたいと思えない!!

「自由研究」という響きが、もうつらい!!!(泣笑)

 

やっぱり、「研究」って、

先に「知りたい!調べたい!追究したい!」みたいな氣持ちがあってこそのものですよ。

その氣持ちがないのに、無理矢理つくって「研究」 ってのもねぇ……。

 

あとは、先生の言う(思う・考える)「研究」のイメージと

生徒の言う(思う・考える)「研究」のイメージが食い違っていると、

発表の時に残念なことになると思うので、

自分の思う「研究」が、相手の思う「研究」と合致してるのかどうか確認するのは

大事かなぁ。

 

ということで、35歳・司書の私が小学生時代の私に伝えたいことには、

これも加えます。

  • 「自由研究」は、「研究っぽいこと」とか「先生がよろこびそうなこと」とかじゃなくて、自分が本当に氣になることや、調べるのがワクワクすることについてやるのがいいよ!
  • 課題で出された「自由研究」は、自分のしたいことが相手の思う「研究」の範囲に入るかどうか確認してからやろう。

うん(o^_^o)

 

 

「耕さない田んぼの会」は、参加費を払って受講していて、

参加できない月があってもOKだし(全体の半分以上参加できればOK)、

田んぼの作業も、それぞれ体力も違うから、無理せずできる範囲でやればよくて、

本当に「やりたい人が、やりたいことをやって、学びたいことを学ぶ」ための場所って感じなのです。

なので、「自由研究」も、もし本当にやりたくなかったら、

嫌な氣持ち抱えてまで無理にやることはないよなって思ってます。

 

まぁ、ひとつだけ、

田んぼの会に関して、ずっとやりたいと思ってたけどできてないことといえば、

「ここまで田んぼの会でやってきたことを、このブログにまとめる」ことなので、

それでもでもいいかなぁ?

 

ここまでくると、「研究」とは何?よりも、

もはや「自由」とは何?って感じになってきますね 。

 

まとめ

  • 「自由研究しろ」って言う前に、「そもそも『研究』って何なのか」教えてくれ!(教えてくれる大人がいなければ、自分で調べよう)。 
  • 何かについて「研究」がしたかったら、まずは先行研究について調べるところから。
  • 「自由研究」は、「知りたい!調べたい!追究したい!」という氣持ちがないなら、やらなくていいんじゃね? もしも、どうしてもやらねばならないんだとしたら、相手の思う「研究」と自分のやる「研究」が合致しているか確認してからやろう。

 

 

長くなったけど、読んでくれてありがとうございました♡