遊びがいのある地球に生まれたね~マンガ好き京都司書/右下Webライター なちこの自分表現ブログ~

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【なんで夫婦別姓について議論になってるの?】選択的夫婦別姓 きほんの「ほ」

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あなたは「“結婚”と“名字”」って聞いて、まず思い浮かぶことって何ですか?

 

このシリーズ記事では、「選択的夫婦別姓について、

ごくごく基本的な部分を、できるだけシンプルに解説していきます。

 

 

選択的夫婦別姓 きほんの「き」では、「現状把握」をしました。

 きほんの「き」① 結婚するとき、妻・夫どちらの名字を選んでもいい

 きほんの「き」② 夫が妻の名字に変えるのは、必ずしも「婿養子」じゃない

 きほんの「き」③ 必ずどちらかひとつを選んで同じ名字にしないといけない

 

きほんの「ほ」:「議論の核と経緯」

きほんの「ほ」では、「議論の核と経緯」をまとめます。

 

 きほんの「ほ」① 夫婦別姓」の議論は、「選択的夫婦別姓」の是非について話している(「強制的夫婦別姓」の是非ではない)

 

 きほんの「ほ」② 選択的夫婦別姓の実現を望んでいる人たちの理由は、人それぞれ(たくさんの改姓による不利益がある)

 

 きほんの「ほ」③ 60年以上前から検討が始まり、40年以上議論されている

 

以下、私なりの解説です。読むのがめんどくさい人は、読まなくてもだいじょぶ!(笑)

上の3つだけでも、覚えてくれたらうれしいです!


きほんの「ほ」① 夫婦別姓」の議論は、「選択的夫婦別姓」の是非について話している(「強制的夫婦別姓」の是非ではない)

日本で起こっている「夫婦別姓」の議論は(そんなの起こってるんだ!?って思う人もいるかもしれませんが、起こってるんですよ〜)、昔っから選択的夫婦別姓についての議論です。

 

結婚した時に、同じ名字になりたい夫婦はぜひ同じ名字に、今までどおり各々の名字を名乗り続けたい夫婦はぜひ別姓に、そういう風に、どちらでも選べるようにしましょうよ、という議論なんです(きほんの「き」で書いた通り、今はそれができないんです)。

 

つまり、「同姓にすべき VS 別姓にすべき」ではなくて、

「別姓を選べないままにする VS 別姓を選べるようにする」っていう議論なんです。

 

ここ、すごく大事です。

ここの前提が違ってるだけで、話が全然別方向に行っちゃいますから。

(でも、勘違いしている人もけっこういるようです)

 

ライフスタイルも、幸せのかたちも多様化している時代に合わせて、そろそろ選択肢を増やしませんか?という話なんですね。

「強制的夫婦同姓」が法律で決められている国は、もはや世界でも日本だけですし。

 

これを読んでくれているあなたは、このテーマについてどんな風に考えますか?

 

 

きほんの「ほ」② 選択的夫婦別姓の実現を望んでいる人たちの理由は、人それぞれ(たくさんの改姓による不利益がある) 

そもそもなんで「選択的夫婦別姓」の是非について、議論になっているのかというと、それが世界的にも時代の流れだから(…と私は言いたいところ)なんですが、

ひとことで言えば「『結婚する当事者のふたりともが、自分の名字を保持したい場合、結婚することができない…!』という問題が社会にあり(※日本人同士の結婚の場合)、

現在進行形で実際に困っている人がたくさんいるから」ということですね(「選択的」なので、特に困ってない人にはあまり関係ない話とも言えます)。

 

結婚に伴う改姓について深く考えたことのない人は(多くの男性、結婚がまだまだ身に迫ったことのない独身者、結婚相手の名字に改姓できることを幸せに感じる人たちetc.)、

名字を変えることによって人生にどんな不利益があるというのか、おそらく考えたこともない人がほとんどではないでしょうか。

私もそうでした。

 

よく挙げられる具体的な不利益を、いくつか紹介しますね。

 

各種証明書や口座、会員登録などの名義変更に時間と手間とお金がかかる(しかも、必ず夫婦のどちらかだけに負担がかかるので、不公平感が発生する) 

 

 

 


これは、時代の変化という意味でも、もっとも一般的な理由だと思います。

昔と比べて、女性が家庭以外の社会で活躍することが格段に増え、個人名義の様々な契約なども増えました。晩婚化が進んでいることによって、独身のうちに個人名義で契約や会員登録しているものの数がどんどん増えることも容易に想像がつきますよね。

そして、「事務手続きめんどくさい!」という気持ちは、わかる人多いのではないかと思います。

ちなみにパスポートの氏名変更手数料は、6000円だそうです。

 

こちらのTwitterモーメント「改姓に伴う様々な声」にも、

名義変更の大変さをつぶやく方々のツイートが集まってます。

 

アイデンティティの喪失感  

 

名字が変わっても気にしないという人もいる一方で、生まれてこの方ずっと名乗ってきた名字(下の名前とセットで愛着のある人もいますよね)を、婚姻届を提出することによって失ってしまうことに深い喪失感を覚える人もたくさんいます。

 

日本人同士の結婚では、女性が改姓することがほとんどですから(その割合は実に96%)、おそらく多くの男性は、人生の中で「自分の名字が変わる可能性」についてほとんど考えたことがないのではないかと思います。

 

子供の頃から、名字が変わることについて考えたことがある女性ですら、実際に直面してみないと、その「喪失感」には思い至らないことが多いようです(結婚=おめでたいもの、というイメージが先行しますし)。

 

長年「自分自身を表すもの」だった氏名の「半分」を失ってしまうことに悲しみを感じる人もいるということ、覚えておきたいですね。

 

築いてきたキャリア(実績や人脈)の喪失 

 

 

旧姓と新姓の併用による不便と混乱  

 

 

 

結婚、離婚、再婚などのプライベートな情報が不用意に他人に伝わることによる不快感  

 

 


以上が、一般的にはよく見かける理由ですね。

 

 

選択的夫婦別姓を実現したい人たちの理由は、他にもあります。

(そう、けっこう奥が深いんですよ、このテーマ…!) 

興味ある方は、ツイッター#選択的夫婦別姓 ハッシュタグを見てみたり、

yahooのリアルタイム検索で「改姓」「別姓」などのキーワードでひっかけてみたりしてみてくださいね。

 

こちらのTwitterモーメント「選択的夫婦別姓を切望する理由」も

とてもまとまっています。

 

結婚したら名字が変わることについて「そういうもんじゃん」と思っている人(思っていた時)からしてみたら、これだけの種類の理由があり、多くの人が切実に困っている(不利益を被っている)という事実は、けっこうびっくりじゃないですか!?

私はびっくりでしたよ!!

 

 

「名字を変えない選択をできるようにする? でも、そもそも結婚って、そういうものでしょ?」となんとなく思っていた人も、

これだけ具体的な不利益があることを知ると「むしろ、なんで今までって名字変えるのが強制だったんだろ…?」とか思えてきたりしません?(笑)

きほんの「ほ」③ 60年以上前から検討が始まり、40年以上議論されている 

さっきも「時代の変化」と書きましたけど、

「選択的夫婦別姓」の議論って、いつ頃から始まったものなんでしょうか?

共働き世帯が増え始めた1980年代から??

 

民法750条の夫婦同姓規定について「夫婦異姓を認むべきか」という議論が始まったとされているのは、1955(昭和30)年。

なんと、63年前です!

けっこう意外じゃないですか!?

 

長くなるので、はしょりますが(このあたりの記事などをご参考くだされ→

選択的夫婦別姓の「40年戦争」、法制審答申から20年放置の政治に司法から挑み続ける - 弁護士ドットコム)、

参議院に選択的夫婦別姓制度のための民法改正を求める請願が初めて提出されたのが、1975(昭和50)年。

43年前です。

 

そこからずーっと、選択的夫婦別姓を求める声は常にあって、たくさんの人が民法を改正するための議論と運動を繰り返してきたそうです。

 

特に、1991年から1996年にかけて、法務省の法制審議会というところで、婚姻制度の見直しについて5年もかけて審議が重ねられ、あとは国会に提出すればいいだけの民法改正案も用意されたんです(興味ある人は調べてみてくださいね!)。

そこまで進んだのに、なぜ今も「選択的夫婦別姓」の制度は法的に実現してないのか?

それは、選択的夫婦別姓を一刻も早く実現してほしい人たちがいる一方で、その動きに反対している人たちもいるからです。

 

家族観というのは、人それぞれですから、従来(主に大正・昭和時代)の一般的な家族観を絶対としている人たちにとっては、自分たちの価値観を揺るがされるような提案に感じてしまうのかもしれません。

 

 

この記事シリーズを書こうと思ったわけ

私は、この「選択的夫婦別姓」というテーマについて、まずは主にTwitter、それからツイートのリンク先のWebメディアの記事、という情報源から、理解を深めてきました。

 

その中で、多くの賛成派の人たちと反対派の人たちのコミュニケーションも見てきたのですが、最終的に思ったのは、「議論はもう出尽くしている」ということですね。

 

なので、その出尽くしている内容を、できる範囲でまとめたいと思ったのもあり、今こうして書いているというわけです。


長々と読んでくださってありがとうございました!

きほんの「ん」に続きます。